おじさんの戯言

   ココロとカラダが壊れた時は

  小さい頃の自分は 

  カラダが弱かった。

  今でも覚えている 

 一番古い記憶は 病院で母親と入院している時かも??

 多分

 3、4歳だったと思います。

 そんな虚弱体質の自分が

 社会人になってからは一度も仕事を休んでいません。

 でも

 20年以上のの美容師生活で

 何度か

 心や体が、 当然 壊れかけています。

 なんとかやってこれているのは

 心と体を、 ラッキーなことに

ただ単に同時に両方を壊してない おかげだと思います。

  いまのところ・・・

  は・・・笑笑。

  初めて完全にココロが折れた時

  20年以上

 美容師をしていて

 1日も 冠婚葬祭以外で 休んだことがないのには

 自分なりに

 理由が2つあります。

⑴ 水泳6年(小学校)

  野球3年(中学校)

  サッカー3年(高校)の

体育会系生活のおかげで 体質改善されて

カラダが丈夫になり

メンタルも鍛えられたから。

が1つ目の理由。

⑵ 美容師として働き始めた 初めての日。

  19歳の時 兄を交通事故で亡くした。

  初めて 

  自分のココロが壊れた。

  時間の感覚がおかしくなり

  見えている景色の色もおかしく

  食欲もなくなり

  笑顔が出せなくなった。

  息をすることで精一杯だった。

 ともに傷つき

憔悴しきった両親を

地方の実家に残し

自分は東京に戻って

美容師の修行を再開した。

周りの知人や 親戚は実家に残るように進めたが

父親は 行ってこいと

泣きながら

背中を押してくれた。

母は もっと壊れてしまった。

兄を亡くしたこと。

そして

両親の慟哭が 

さらに自分の悲しみを深くした。

何もできない19歳の自分は

ひたすら働くことしか できなかった・・・

これが2つ目の理由。

これが きっと

20年以上

仕事を休まない

理由だと

自分では思っています。

 どう対処したのか?

19歳で

知り合いも全くいない東京で

地方から出てきたばかりで

ココロが壊れていた自分に

対処法など

あるはずもなく・・・

毎日毎日 身体を限界まで動かし

仕事に没頭し

思考能力を失くならせようとしていました。

ふとした瞬間や

気を抜くと

涙が出そうになるからです。

人と接していることが苦痛で

でも一人でいると

気が狂いそうになりますし・・・

この当時は

今思い返しても

地獄でした。

今のところ

これを超えることって

ナイです。

アシスタント美容師っていう仕事自体も

なかなかの苦行でしたし、

東京で生活も キツかったです。

そんな日々を

歯を食いしばって

ひたすら

毎日を耐えていました。

「時間が解決してくれる・・・」

確かに

0じゃなく

時間が癒してくれることもありますが

逆に

時間が経つにつれて

深まる悲しみもあるとも

思います。

その頃の

延長戦の感覚もあって

いまだに

仕事を休む!!っていう感覚が

にぶいのかもしれません。

結局

なんの対処もできませんでした。

  初めて 肉体的 身体的に折れた時

とにかく

早く一人前の美容師になりたくて、

25歳までは 東京で修行して

そのあとは 地元に戻って

両親の近くで

生きていくという覚悟で 

毎日を必死で生きていた20代前半。

全然器用でもなく 

美容師としての才能も

残念ながら

普通以下だったので

なかなか 思い通りにいかない

下積時代を過ごし

なんとか 

いろんな人の支えで

やっと一人で食べていけるようになった頃

気がつけば

約束の25歳(勝手に自分で決めていただけですが・・・)

になっていました。

ようやく慣れてきた東京を離れ

地元に戻って

また1から

美容師を始めることに・・・

1からというより0に近かった。

年下の後輩、慣れない新しい環境・・・

またもや

無我夢中な日々が始まった。

気がついたら

30代前半になっていた。

20代は本当に ただただ 毎日が必死だった。

そのおかげで

今があるのだが・・・

毎日

眠るというより

気がついたら

プツンって

電源が落ちるように眠り

朝が来る。

布団やベットで寝ないで

ソファーかコタツで

寝落ち。

の毎日。

の繰り返し。繰り返し。

人間は

良いも

悪いも

慣れてしまう。

完全に その生活に ハマって麻痺していた。

24時より前に

家に帰ることがほとんどなかった。

何度も

しんどいと思ったし

体調も悪い時もあった・・・

でも

何とかなっていた。

周りで心や体を壊していく人がたくさんいた。

その気持ちがわからないまま

ツッパしていた。

だ、

が、

34歳の時に カラダが

とうとう

コワレタ。

指先の痺れが1ヶ月以上取れず

腰は痛みだけじゃなく

右足の

足首あたりに力も入りづらくなった。

初めて

もう無理だと感じた。

カラダが壊れる時って

同時に

心も弱くなってしまうコトを

初めて

この時

実感した。

周りの人の気持ちにも

初めて

少し共感することができた。。

 病院巡り

初めて

周りに弱みを見せて

無理だと打ち明けた時

驚くほど

周りは 優しかった。

家族はもちろん

上司、同僚、お客様まで・・・

ありがたかった・・・

が・・・

申し訳なく

て・・・

そして

心は

ドンドン

どんどん

落ちていった。

何とかして

体調を戻したくて

そこから 病院巡りが始まった。

 整体

 まず

 行ったのが整体でした。

 20代の時は気休めで

 マッサージに よく行っていました。

腰痛だったり 肩こりだったり

カラダの歪みを まず直そうと思いました。

整体も 一時的には

 楽になったり ならなかったり・・・

結局 普段の生活習慣や

骨格を支えてキープするための

筋肉がついてないと

また歪み始めてしまうみたいで・・・

痛みを伴う時期に

体質改善は

モチベーション的にも難しく

時間もかかるので

整体に通い続けるのは半年くらいで

やめました。

 整形

美容師という仕事していると

お客様からも

数多くの情報をいただきます。

そこで

整形外科を紹介してもらい

受診しました。

1番ひどい時は

レントゲンを撮るときに

パンツを腰痛の痛みで

なかなか下げられなくて

看護師さんがサッと下げてくれて・・・

恥ずかしさと

情けなさが・・・

でも上げるのは

流石に自分でやりました。

結果

炎症は見られるものの

骨、椎間板には異常がないから

神経系が原因かも?との

診断をいただきました。

ただ

お医者さんの

今の状態だったら

100%再発するよ!!

 の言葉が

すごく心に残りました。

 脳神経外科 

こうなってしまったら

1度しっかり調べようと考え

MRI検査も兼ねて

脳神経外科を受診しました。

結果は

骨髄から出ている神経に異常があるかも??

という診断でした。

さらに

再検査か

もしくは

悪化するまで経過観察。

しばらく安静にするように言われました。

病院の駐車場で

ズーンって

落ち込みました。

原因も曖昧で。

いろんな方が心配してくださり

あれがいい!!とか

これがいい。

手術すればいい!!とか

絶対手術しちゃダメ!!とか・・・

なんだか怪しい人も紹介されて・・・

誰も信じたくなくなっていました・・・・

きっと

人生で2番目の

MAXで病んだ状態でした。

  肉体改造に着手

いよいよ 自分で

なんとかしないと。

体調が勝手に良くなるはずもなく

誰かが助けてくれるわけじゃない。

自分で治すしかない。

そこから

本気で自分の身体へのケアを始めました。

その当時にかけてもらった言葉で

一番心に残っているのが

「カラダがここまで おかしくなった理由は

 きっと 一つじゃないよ。

 長年の積み重ね。。 

 自分で自分の身体に

 無理をさせてきたんだよ。

 ちゃんと自分の身体をいたわらないとね・・・」

すぐに治るよ!!

だとか

任せておけ!!の言葉より

一番自分に響いた言葉だった。

できることから始めようと思った。

生活習慣の見直し

できるだけ決まった時間に起きること。

朝ごはんを食べること。

ストレッチをする。

湯船に浸かる。

布団で眠る。

美容師になって10年以上

当たり前のような生活を

全くしていなかったので

まずは

不摂生な生活を

少しでも

まともな生活を送れるようにしました。

歯医者

そして 顎関節症もあったので

歯医者さんに相談しました。

すると

歯の治療の一環で

なぜか

親知らずを4本抜くことに。。

しかも

下の2本は 手術が必要でした。

もう

とことん治すことに決めました。。

その先に見たもの

少しずつ

本当に少しずつ

できることを増やしていきました。

ストレッチから半年かけて

ウォーキングになり

1年後にはランニングに。

そして 2年後には

自重トレーニングによって

インナーマッスルのトレーニングができるぐらいになりました。

本当に

本当に長かった。

合計5年ぐらいをかけて

肉体改造をしてきました。

そして

ようやく

最近になって

体調も戻り初めて

やっと

心が前を向き始めました。

 

頑張ることについて

自分の身体に向き合ったり

自分の心と向かい合う時

他社の影響も

もちろんありますが

長期化すればするほど

自分自身と向き合う時間が長くなるの

何に

自分が頑張っているのか??

が 

わかんなくなったり

不安になりやすくなりました。

なので

頑張るのも

全部やめました。

自己評価と他者評価

頑張ることを

やめるのは

すごく怖いです。

慣れている習慣、執着を捨てるのには

恐怖が伴います。

自信がなくなり 

自己評価も下がってしまい

周りの 他社評価も

もちろん気になってしまいます・・・

でも

あえて

自分が

これまで

選ばなかった方の

選択肢へ。。。

逆の洗濯。

何のために?

答えや

目標も忘れてしまったり

薄まってしまった

信念もない 

麻痺した日常と

慣れきった習慣の中で

本当に

自分の

ただ一度の人生で

何より大切にしたいことは

なんなのか??

そして

その理由はなんなのか??

もう一度考える時間にもなりました。

だから

やっと

この辛かった時間も

良かったって

思えるようになってきました。

希望はあるのか??

最後に

体の不調。

心の不調。

思い通りにならない人間関係などなど・・・

世の中は

自分自身さえコントロールできない

欲求を クリアーなんて

絶対に

無理ゲーみたいに感じるけれど・・・

自分なりの

底辺を味わって

今思うことは

意外と ポジティブです。

初めから

もう期待しないし

絶望感で

眺める景色は

そこまで

案外  

捨てたもんじゃないって見えたりする。

調子が良かろうが

悪かろうが

世界は今日も

動き続け

孤独は

消えないかもしれないけど

きっと

生きることには意味がある。

きっと。

 

 

ABOUT ME
浜田裕樹
ロンドン留学や東京で美容師としての修業を積んだあと 愛する地元である石川県に戻る。1度はハワイに移住を考えるが断念。 今は、ワクワクする人生を過ごすため  今後の夢は、石川県をベースに美容師を続けながらも 毎年1〜2ヶ月は旅に出る生活をすること。 詳しいプロフィール