天才は生まれながら 天才なのか?
いや 多分違う
それだけじゃない。
特に現代においては・・・
中途半端な天才はゴロゴロいて 今の世の中だと
潰されるリスクを伴っている。
もちろん
えげつない希少種で常人離れした個体はいる・・・だろうが
あまりにも突出しすぎると日常社会において生きることが難しいと思う。
人は共感や共有
つまり 「愛」がないと
反動で破壊、排他、憤怒になりうるから。
もしかすると本当の天才は 現実社会では
ある意味突き抜け過ぎてしまうと
生きづらいのかもしれない。
天才を生むための環境
イチ◯ーも野球がなかったら きっとやばい感じかもしれないし
メッ◯もサッカーがもし無かったら どうなっていたんだろう?
たら・れば・もし・は意味がないかもしれませんが
何を言いたいのかというと
まず天才が生まれれるためには 求められる環境(シーズ)があるということ。
ニーズがないと なかなか評価されないのが 今の世の中だと思う。
中には面白っがられて一時的にはバズって
拡散されるかもしれないが
すぐに忘れられそうだね・・・
自分は先週のことすら あんまり覚えていないから。
だから世に広まる天才は
社会や人の持つ心理・欲求から産まれているんだろう
人の持つ『欲』こそが
天才を産む環境なんだろう
ただの家庭環境や遺伝、幼児教育がそこまで影響していなさそうに感じる
もちろん親の、
特に母親の影響はとても大事だが
我が子をとても大事に愛することは偉大だが
特別なことではないと思うから・・・
時代や地域・文化といった規模の
大きい規模の集団的人間の欲求のあらゆる
人間の業の重なりによって生み出されるんだろう。
貧困や経済格差、悲劇や逆境が 『特別』を産む要因も大いにあり得ると思う。
ただこれらの環境は 『種』が生まれる環境であって
育つ・広まる環境ではない。
凡人のための1万回の法則
普通のいわゆる凡人が
絶対的に大多数を占めていて
もちろん自分自身も凡人、もしくはそれ以下。
ただ民主主義においては
一応、大多数派によって意思決定がされる仕組みになっているはず
(様々な矛盾が大いにあるが、数のチカラも確かにあると思う)
何人もの数のチカラだけでなく
数のチカラの中には
回数による数のチカラもある。
かなり不器用な人でも
1万回ぐらい行動すれば大概の事はできるようになる。
でもクォリティは抜きにしてだけど。
そもそも1万回なんて
ほとんどの人はやらないだろうし
できないだろう。
その誰もやらないことを
やっちゃうのがきっと
「天才」なんだ。
しかも 回数を重ねるごとに
進化していく。
そして誰も真似できない領域に逝ってしまう。
それが 本物の天才。
ごくまれに 存在する。
天才ほど異常なまでの反復の継続を
執着レベルで行っているのではないでしょうか。
上昇スパイラル
なんで数を少なくできる人がいるのでしょう??
シンクロニシティにも似ているところもありそうですが
:シンクロニシティ(ここでは ある出来事や思考などが 違う地域において
同時期に発生する事。って定義します)
成長が勝手にどんどん進んで行くループこれを
上昇スパイラルと勝手に名付けます。
天才はこの上昇スパイラルを作るのが上手だと思います。
だからこそ楽しくなって
エグいぐらいやり続けられるんだと思います。(止められてもやっちゃうレベル)
そして天才は「意識の持ち方」が突出しています。
意識について
ここでの意識とは?
モチベーション・信念・考え方・あり方など
精神論よりの話ではここではなく
単純に知識です。
正しい情報を得ることが知識。
その知識を自分の目的のために使える感覚が知性。
正しい意識を持ちその知性を使って
脳内に最善のイメージを作り上げ
身体におぼえこます訓練の反復によって感じた
・感覚
・経験
・情報の分析
いわゆる「気づき」
正しい『意識』によっての行動で得た
『気づき』からの行動のループこそが
上昇スパイラルである
2:6:2
大多数や民主主義そして
集団心理の根源の一つに
2:6:2の法則があると思う。
2割の少数派と
6割の多数派、
そしてまた違う
2割の少数派によって
人がグーループを作った時に分かれやすい習性のことを
2:6:2の法則ってここでは定義します。
心の投影や反射なども反映されていると思うが
きっと一人ひとりの心の中にも2:6:2で揺れ動く心理状況があるから
自覚・無自覚に関わらず
人間社会で生活し集団を組む上で
知らず知らずに影響している心理現象なんだろうね。
多数派は少数派に惹かれ
少数派は多数派に影響され
行ったり来たり。
少数派の中でさらにグループ化されまたその中での多数派が生まれ
また行ったり来たり・・・
無限のループの繰り返し・・・
そんな、すごろくゲームみたいなのが経済なのかもね??
結局、天才も金持ちも有名人も
障害者もLGBTも自分も
ご飯食べて
寝て
起きて
笑って泣いて怒って
死んで行くだけのことなんだけどね・・・
チームとキュレーション
今、現在の情報が溢れ返った人間社会において
天才を作るためには1人の人間だけでは
非常に難しいと思う。
特別な存在が何より第一に必要。
次に競合ライバル。(意外とこれが厄介かも??)
次に良き理解者。(要るだけでいい人)
情報収集のプロ・分析のプロ
そしてそれらをキュレーションしてオーガナイズするプロデューサー。
だからチームって5〜7人ぐらいで充分だと思う。
だからきっと国・政治・企業・スポーツ・エンターテインメントなどの
組織やチームも
きっと主要の5・6人チームで動いているんじゃないかな??
チームのそして組織の肥大化はデメリットが多いと思う。
これも民主主義の矛盾の一つだろうね・・・
経済活動は別だから大変だけど・・・
最後に
古の確か ネイティブアメリカンの言葉
;遠くに行きたければ一人で行け
ただ 早く辿り着きたいなら仲間と行け:
天才とは
当たり前のことをあり得ないぐらいやり続けることで到達できる領域の人らしい。
そのための仲間・チームを作れるか?こそが
きっと天才の作り方なんだろう。